西洋医学

何日か、正確には金曜日からあまり眠れず、一昨日からかなり調子が悪い。
昨日がピークで、胃が痛いと言うより吐き気が酷い。
寝ていても咳き込んで吐くし、起きていても苦しい。
思い切って病院へ行く。

母が薬依存症で、病院からもらった薬を毎食後手の平いっぱい飲みながら、
その間も胃腸薬や下剤、夜は眠れないと毎晩安定剤を飲んでいる姿を見て来たからか、
私は薬に関しては全く無頓着で飲めるし、信用もしていない。
信用もしていないので、出来る事なら飲みたくはない。

病院に行くと若い先生からストレスと疲れからこんな症状になると言われ、
点滴をするのが早いが出来るならお薬を1ヶ月ほど飲んだ方がいい、と言われた。

で、夕方薬局でお薬をもらい「しんどいので今飲んでもいいですか?」と聞いてお水をもらう。
それがね、信用していないはずのお薬が夜には効いて、身体がきつくない(笑)
吐き気もない。
思わぬ具合が良くて、明後日からツアーなんでギターを弾こうとしたけど、
さっきまでかなりきつかったのもあって「今夜は早めに寝よう」と決めた。

そして今朝からは快調で^^
ホント、先生「失礼しました」って感じです(><)

本日新しいフライヤーが届きました。
いよいよツアー、って心境です。

久し振りのフェリーで歌ってのスタートになります。
津山から始まって、豊中、京都、東大阪、加古川と先週急遽決まった明石、
それからどっすん主催の「明石うたの日コンサート」です。

お近くの皆さま、また逢いに来てください♪
そして、主催の方々にはまたお世話になります。
どうぞよろしくお願いします。

原口純子

ライブのお知らせ

震災以来、私はmail恐怖症です。
「もう少し早くお知らせは送ってください」と言ってもらったり、
「仕事のシフトがあるんで、1ヶ月前、1週間前、あと忘れることもあるんで前日と3回は送ってください」なんて、嬉しい言葉をかけてくれる方もいますけど、やっぱりライブのギリギリになってます。
ごめんなさい。

頂き物や借り物で送ってたmailですが、この度初めて自分のパソコンを買ったの。
で、先日大分のお知らせをドキドキしながら送った。
最初は「あ」行の赤坂さん。
それが慣れないキーボードだし、どこを押したか不明だけど何故か送信になっちゃって(> <)
「ごめんなさい、また間違えて送信押したみたいです」みたいな言い訳をしながら頑張って送った。

「こんにちは」ってお店に入ってこられて・・・「赤坂です」って本当にお久し振りの赤坂さんです。
「あー、赤坂さん?ごめんなさい、何度もmail送って」と謝る。
「何度もmailもらったんで来ました(笑)」と赤坂さんが笑う。
嬉しいな、なんか・・・とっても嬉しかった。

いつも送信ボタンを押すのが恐い。
「迷惑じゃないかな?」とか「毎回ライヴの案内ばっかり」とか思われてるかな?とか。
「いや、迷惑に思ってる人だったら受信拒否にしてくれてるはず」なんて勝手に自分を納得させたり。

mailが出来た頃はとっても嬉しかったの。
私は電話が苦手で・・・相手の人が今、どういう状況かわからないから。
それなのに「ライヴのお知らせ」なんかを電話でなんて絶対無理。
mailだったら、相手の方も都合がいい時見てくれるし電話ほど気を使わなくていい。

なんて、思ってたんだけど。
mailは言葉のように抑揚がないから、どんな風にも取れるしね。
電話よりももっともっと気を配らないといけない。
いいと思って選んだ言葉も、相手を傷つけたり、その事でまた私も落ち込んだり。
だから、
いつもいつも送信ボタンを押すのが恐い。

そんな中、またゴールデンウィークのライヴのお知らせを送ってます。
新しいキーボードにもだいぶ慣れてもう何度も間違えて送信することもないです。笑

ツアーミュージシャン症候群

「純子さん、今度一緒にやろう」と声をかけられて、
ツアーを同行して回っても、いつもあまりいい状況ではなかった。
唯一「素敵な人」と思ったのは及川恒平さんです。

「純子さんは道東は回ってるの?」と聞かれ、
「今度羅臼に呼んでもらえそうです」と答えると、
「なら丁度いい。その時に一緒に釧路を回ろうよ」と言ってくれた。
丁度いい、はね。。。札幌の町から羅臼の途中に釧路が位置します^^

初めての釧路の町はもちろん私は知り合いもなく、
お店いっぱいのお客様は全て恒平さんのファンの方です。
「純子さん、今日は及川恒平、原口純子のジョイントライブだからね、何も遠慮しなくていいから。
純子さんの出番の前に僕、純子さんを少し紹介していいかな?」と言ってステージに向かう恒平さん。
「僕は来週六文銭で釧路なんだけど、どうしてわざわざ一週間早く釧路に戻って来たかと言うと、
今夜は釧路の皆にどうしても原口純子を聴いてもらいたかったからなんだよ」と紹介してくれて、
「純子さん、どうぞ」と言われた後のことは全く覚えていない。
何を歌ったのか?何を喋ったのか??とにかく・・・頭の中が真っ白だった。

「大分のライブ、お客さんが少なくてごめんなさい」と言う私に、
「充分なんですよ、繋がりが出来たら嬉しい、僕らそうじゃないですか^^」
とさかもとふみや氏が言う。
「それに僕がいなくても純子さん一人で充分なのにギャラも半分半分でこちらが申し訳ない」と。

あの夜もそうだったな。
「恒平さん、私ここで歌えた事が幸せで、お客さんも呼べなくてギャラとか頂けません」と言う私に、
「小室はね、こうやってギャラを分けるんだよ」ってトランプを配るように、
私の前に、自分の前にとお札を配った。

中津、大分とふみやさんとのツアーが終わりました。
楽しい時間でした。
来て下さった方々、お世話いただいた方々、お店の方々。。。
感謝しています、ありがとうございました。

帰りしな、霧で高速道路が通行止になり国道を走る新門司までの道のりでふみやさんは、
「ここでも歌えるよ」「この店も僕の名前だして連絡してみて」って、
親切に私が行った事のない町のお店を教えてくれる。
少しだけツアーミュージシャンシンドロームを克服できそうな、
そんな予感がしたのでした^^

永司くん

昨年2016年に入ってつかさーが自分が育った福津でLiveして欲しいと言う。
後輩のお店で同級生が手伝ってくれて、集客の為OAにも同級生に歌わせて欲しいと。
で、実行委員が福津駅前の居酒屋に集まってひと飲みしてから後輩のお店に挨拶に出向いた。

実行委員のつかさーと永司くんは、それはそれはよく飲んだ。
永司くんは有り金を全部カウンターに置いて、
「酔うたけん帰る」と言ってフラフラと歩いて帰った。
帰り際に「Liveの時はゆうみんの『ひこうき雲』を歌うてや、好きなんよ」と言った。
5月にLiveが決まり、その日永司くんは来なかった。

「なんかスネちょんのやろ」とつかさーは言ったけど、
本当はもう具合が悪かったのかも知れないね?
その夜、練習していった『ひこうき雲』は歌わず仕舞いだった。

今年に入って永司くんが入院したと聞く。
頭に拳大の腫瘍が出来て出血して目が見えなくなったと言う。
そんなになるまで放っておくなんて(><)
先月お見舞いに行った時に、お見舞いに来ていた知り合いの女性に、
「この人な、いい歌うたうんよ。きっと好きで」と言ってくれて、
「純子さんクッキングパパの作者がお店やりよってな、そこでLive出来そうやけん、つかさに連れて行ってもらい」と言った。
「永司くん、元気になって連れてって」と言うと、
「そやな、連れてく」と言ってくれた。

本日、永司くんの告別式でした。
お疲れさまでした、よく頑張ったね。
「ひこうき雲」今夜、歌います。
安らかに眠ってください。

原口純子

旅立ち

姪っ子が佐世保の大学に行くようになり、妹家族は朝からワンボックスに荷物を詰め込んで先ほど出発しました。

姪っ子が、見えなくなるまで手を振ってくれて、
私も車が見えなくなるまで手を振った。
「またひとつ終わった」と感じながら。。。

大変な事がひとつひとつ終わり、
また大変な事が押し寄せては来るものの、
どうにかひとつ、またひとつクリアしています。

昨日は母の歯磨きをさせて残業の妹を暗くなった病院のロビーで1時間程待った。
ウォークマンから流れて来る歌と、窓ガラスからは冷たい雨の駐車場が見えて、ぼんやりと幼い頃の思い出が重なる。
この町で過ごした日々、思い。
辛いことばかりだったな。
そして、町を出てからの長い時間。

もう少しでやっと背負ってきた重たい荷物を下せそうな気がしています。
私も卒業です。